本当は恐ろしかった、かさこ塾フェスタ前夜
初の単独イベント出展となったかさこ塾フェスタから早3日経った。
フェスタに関する記事を早く書きたかったが前日に完徹したのが祟り、寝不足で頭が働かないのでぼけーっと出展者や参加者の感想を拝見していたが、その多くはこのフェスタで自信と喜びを得ていた。そして全国に散らばる仲間達との交流を心から楽しんでいた。
何より発案者たる塾長が心から楽しんでいた。
単なる誰もが楽しんだイベントというよりは、まるで奇跡が起きたかのように参加者全てに変化変容がもたらされた、そんなミラクルなイベントだったのだ。
無論自分も初の単独イベントを楽しみ、そして大きな成果を得ることができたが、そこまでには様々な葛藤があった。
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そもそもかさこ塾に入ったのは、魔法学校での活動が大幅に制限されてたのがきっかけだった。制限というよりはいわば「落ちこぼれた」ような形。
今思えばその埋め合わせのためにかさこ塾に入ったのかも知れない。
本気でやる気だった。ブログで一旗揚げるぐらいの気持ちでいた。
でもかさこ塾でもまた挫折を味わうことになる。
同期達は目覚ましい躍進をして、またその個性故多くの塾生達から愛されていた。
一方で自分は華やかな活躍もなく、目立たない位置に甘んじていた。
かさこ塾内でもくすぶっているうちに魔法学校での活動の制約が解除されることになったが、その一方でプライドが潰されるような処遇もあり、まあいろいろアレな状況が続いた。
主人が勝手にマンションを買い「そんな所に住めるかボケ!」と考えたのさえどうでもいいレベルに(笑)
そんな中、かさこ塾東京の準備も進められていた。
塾長や有能や実行委員達は着々と準備を進めていたが、自分はとても出来る状況になく出展自体どうでも良くなったこともあった。
きっと出展するのも怖かったのだと思う。
同業の人達と比較されるのも怖かったし、他の人達はお客さんが絶えないのに自分だけ誰も来ない未来予想図が容易に思い浮かび、それは自分の足を引っ張るのに十分だった。
結局何も準備しないままフェスタまで一週間を切っていた。
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心境が変わったのはフェスタ3日前、魔法学校の仲間からアドバイスを受けてからだ。
イベント出展への不安を伝えた時、彼女はまさに「魔女の観点」から魔女たる私がやるべき事をアドバイスしてくれた。
それを聞き同業者との比較が何ともちっぽけなものに思った。
そして私は魔女として、自分にしか出来ない、自分にだからこそ出来る貢献をフェスタに対して行おうと思った。
フェスタ中の様子、そしてその後の参加者の様子を見るに、自分はこの貢献を忠実に行い、そしてフェスタの感動的なエネルギーを作り出す一端を担ったと自負している。
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「自分にしか表現出来ない美」を体現する。
フェスタ中に自分に架したミッション。
これが出来れば自分のブースには人が来るし、塾フェスタにも良きエネルギーを流れる。
当日、そうなったのは言うまでもない。
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思えば魔法学校から追放され、かさこ塾には入っても塾生達に覚えられることもなくくすぶったまま。
「人生何をやってもダメなのか」
そこまで思い詰めていた。
かさこ塾フェスタはそんな思いを洗い流してくれたのだった。
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これからも上手く行かないことはたくさんあるだろう。
でも、フェスタで起きたミラクルを思い出せば、きっと前へと進める。
おうち魔女・北村佳代